読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なんでもありっさブログ

見る・聴く・食べる・歌う、なんでもかんでも!

「ありがとう」は巡る

14日夜、震度7の激しい揺れを観測した熊本。

その後、16日未明に起こったマグニチュード7.3の大地震が本震とされ、今もなお余震が続いている。避難を余儀なくされ、余震に怯えながら断水や食料難の中にいる人々、家屋や建物、橋、熊本城のやぐら倒壊、、、胸が痛くなるニュースばかり。

 九州で働いていたことがある身として他人事とは思えず、祈りを捧げながら自分に何ができるかを考えているところだ。 

 

 

そんな中、

一昨年たまたま新幹線のなかで仲良くなったニュージーランド女性Fionaが長期休暇を利用して東京に遊びにきているというので会ってきた。

 

『私たちが前回待ち合わせたあの場所で会いましょう!』とFiona。

何を隠そう、それは渋谷のハチ公前。

(週末のハチ公前は人で溢れているのではないか…)と思いながらも元気よくOK!と返事をしてしまった私。

 

案の定、ハチ公前は若者で溢れていた。

日本人同士だって休日にあそこで待ち合わせるのは大変なのに、えらいこっちゃ!と思った私は「緑のコートに白のストール巻いてるからね!」とメールを送信。

 

すると、

『旦那のRichardは黒のTシャツに赤の丸がついてる服を着てるわ』と、これまた目立ちそうもない服の情報を送ってくるFiona。

 

ドット柄なのかな?と思いながらキョロキョロしていると、長身の男性と共に懐かしい顔が『Alissa!!』と呼び、無事会うことができた。(やれやれ)

 

初対面の旦那、Richardはというと、日の丸がついた黒Tシャツを着ていた。(Red Circleってこれを意味してたのかと驚愕する私。)『前回わたしが日本に来たときにお土産で彼に買ったやつなの(^^)』とFionaは陽気に笑っていた。

 

会ってすぐ「地震は大丈夫なのか」と地震の話題。親日家の2人はとても心配していた。

 

ひとしきり話が終わると、

よく晴れた春の日、真夏のように半袖を着た2人を連れ、観光タイムがスタート。

最初に渋谷のスクランブル交差点で写真をとって、

f:id:alissak:20160417142635j:plain

(私も初めて写真撮ったよ、スクランブル交差点 笑)

 

お昼にFionaが大好きだという天ぷらを食べ、明治神宮をぷらぷら。

 

2人は私のたどたどしい英語をよく理解してくれてゆっくり返事をくれた。

「ちゃんと話せないと英語は通じない」という苦手意識を持ち続けていた私だったが、実際のところ、友達関係にはそんなもの関係ないのだと分かった。相手を理解したいという気持ちは言語を越える。

 

明治神宮ですれ違った男性に、3人の満面の笑みをカメラに収めてもらったところで、私は「ありがとうございました」と男性に礼を言った。するとRichardが不思議そうな顔で私に聞いた。

 

『ありさはなんで「ありがとうございます」じゃなくて「ありがとうございました」というの?「〜ございます」じゃダメなの?』

 

え?

 

そんなの意識したことなかった。

急に聞かれたもんだから英語で説明しづらくて、しどろもどろ。

 

「いやー「〜ございました」は過去形なんだけど、あ、でも「ありがとうございます」でも良くって、えーっとえーっと。」

 

ニュアンスを伝えるのは難しい。

 

とりあえず、もうその人と離れちゃう時とか別れるときだったから「〜ございました」にしたよと言ってみたところ、『へぇ〜なるほど』と曖昧な返事をしてくれた。

 

 

相手がまだ目の前にいるのに、Thank youを過去形で言うことってないもんなぁ。明治神宮を歩きながら『ありがとうございました』という日本語について想像してみた。

 

 

してもらった親切や恩を、日本人はより強く刻み込むのかなぁ。

 

「過去のこと」にするのではなく、自分のページに刻み込む感覚?

 

「ありがとうございました」には、ありがとうという気持ちが、その時の「点」と共に強く残っているものなのかもしれない。

 (むしろそうであってほしいと私は思った。)

 

 

 

楽しい時間はいつだってあっという間に過ぎる。

Fionaは「あなたにまた会えて嬉しかったわ」といって泣き始め、Richardは「前回、妻がいろいろ困っていたところを助けてくれてありがとう」と言った。

 

こちらこそ!楽しかったわと私は答えた。

 

駅の改札口まで連れて行くとFionaは私に「Sayonara は言わないわ」といって熱いハグをくれた。

 

そしてRichardは少し首をかしげながら思い出すように「アーー、アリガト ゴザァイマシタ」と笑顔で言った。

 

 

親切は巡る。

ありがとうの気持ちは続く。

 

助け合いは

いつの時代も、どんな時も必要だ。

 

九州でたくさんの恵を受けた私も、

今、やれることはあるはずだ。

 

日々を強く生きながら考えてゆこう。

そう思った一日だった。