なんでもありっさブログ

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すべて忘れてしまうから

最近、朝4時だとか5時に目が覚める。

眠りが足りないというダルい感じはない。スコンと目が冴えて起きるのだから、お年寄りの気持ちがよくわかる。


このところの日の出は4:30を過ぎたころだから、4時に目が覚めてしまうとまだ暗くて「夜」の香りがしている。


特に趣味という趣味もないので、その時々によって時間を潰す方法は変わる。音楽をイヤホンで聴いたり、聴いたことのない地方の早朝ラジオを転々と巡ったり、ただただTwitterを眺めたり、ごく稀に本を読んだり。


たまに我が家のネコが喉をゴロゴロと鳴らしながら「撫でろ」とせがんでくるので、撫でてやる。なので、特別寂しい雰囲気ではない。いつもより時間がゆるやかに流れ、わたしの時間とネコの時間がこの一点で偶然接触しているだけの、静かな静かな時間である。

 


そんな時間にこの本はよく馴染んだ。


「すべて忘れてしまうから」燃え殻


燃え殻さんのエッセイ本。週刊誌で連載されていたエッセイがまとめられたものだ。


燃え殻さんは、自分の昔の引き出しを開ける。それは、おぼろげなタイムマシンのように、少し水に濡らして輪郭が歪んだようにも見える。


あの頃ほど胸は痛まないけれど、消えて無くなるほど消化されたものでもない、心のどこかに突っかかっている記憶たちが、静かな静かなこの時間に綴られている。


これを読むと、私にも同じような記憶たちが、輪郭がぼやけた状態でまだ体のどこかにひっかかっていることに気づく。


私も忘れっぽい性格のため、どんなに辛かったことでも、当時は一生忘れないと思ったことでも、スコンと記憶から無くなっていることがある。


そうしようと思っているわけではなく、なぜかそうなってしまうのだから、あぁ私は生きてるんだなぁと思う。


燃え殻さんのエッセイは、切なく、しょっぱく、儚く...さまざまな味が複雑に混ざり合っていて、まさに本の画を担当された長尾謙一郎さんの絵の世界のような色合いだった。

 


まだ夜が明けるまで時間がある。

ネコもまたどこかで寝てしまったので、わたしの記憶もここに綴ることにしようと思う。

 

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あれは私が契約社員としての出演が最後となる、いわゆる【最終日】

今後も特定の番組出演は続くし、送別会なんて期待していなかったけれど、まさかそんな日に「接待飲み会」に参加させられるとは思ってもいなかった。


先方にお世話になったことは事実だし、今後フリーランスで仕事をしていく自分にとって、何かにつながることもあるかもしれないしと自分に言い聞かせ、結局参加したのだった。‬案の定、なにもつながりはしなかったのだけれど。


みんなで会食したあと、二次会に移り、スナックで飲み直しながらカラオケのマイクが回ってゆく。それぞれの年代を感じさせる選曲で場が盛り上がり、無事、会はお開きとなった。


その会の中で私は何度「なんだかなりゆきで、今後はフリーランスで働くんです」と説明しただろうか。税理士をしている中年男性は、がやがやとうるさいスナックのなかでもよく響く低音で「僕はいろんな有名人を見ているので、今後の相談ならいつでも乗りますよ」と言い、回ってきたマイクを構えて福山雅治を格好つけて歌い上げた。僕はセルフプロデュースできています、と顔に書いているようだった。

 


昨夜いただいた何枚もの名刺のアドレスに、お礼のメールを一応送る。マナーなんて詳しくはないけれど、ありがとうございましたと言われて嫌な気持ちになる人は少ないだろうと思い、若干酒の残る頭をもたげてパソコンを開く。3年間の契約期間の終わりは、こんなにも味気ないものかなと思いながら。


2、3日もすると、何名かから返事が届く。

軽いものから、優しさが伝わってくるものまで、さまざまだ。

例の中年税理士からも長い返事が来ている。中身は私の今後へのアドバイスめいたものが多く、最後に書かれていた一文はこうだった。


「加納さんが書かれていた、局アナ最終日のブログ・お写真拝見しましたよ。お気に入りの服なんでしょうけど、お会いした時と同じ服でしたね。今後フリーランスでやっていくには、そういうところも意識された方がいいのではと思います」


いろいろあった3年間。都会に揉まれ、もがきつづけ、どうにか闇から抜け出そうとあがいた結果、最後の最後がこれか。

ちゃんと呼吸をしてラジオでしゃべることができるようになり嬉しかった日々も霞むほど、先が暗くなった。


普段お礼メールの返信にさらに返事をすることはないのだが、私は力強く「返信ボタン」を押した。


『ブログ読んでくださりありがとうございました。お会いした日が番組出演の最終日だったので、同じ服なのは当たり前ですよね。』


最後に(笑)をつけようか、しばらく迷った記憶があるけれど、おそらくあのひとには何を言っても響かないだろうから、そんなことはどちらでもいい。どうせこちらの話なんて、なにひとつ聞いていないのだから。


まさか番組出演最終日に「接待飲み会」にくるなんてことはないだろうと思っていたのかもしれない。それもそうだ。どこもかしこも、おかしさで溢れている。

 


ようやく外が白んできたようだ。

今日も、曇った空からいまにも雨が降り出しそうだ。


はからずして温かいほうじ茶を淹れながら

「すべて 忘れてしまうから」と、呪文のように 唱える。